The Obedient Feelings 7                                           outside      雨のち晴れ



コンコン。




「ナル、入るよ」



私はノックしたと同時に声を出し、返事を聞かないまま中へと入っていった。
窓のブラインドはいつの間にか締め出され、机の上の灯が辺りを明るく燈していた。
また、目に悪いことを……。
ため息もつきたくなるが、ここは一つ喉から押し出されそうな言葉を飲み込んだ。

「はい、紅茶。疲れただろうからハーブティー淹れてみました」

テーブルの上にそれを置くとナルは手を伸ばし、本を読みふけりながらこくっと紅茶を喉に流し込む。
少しからからになってたのであろうか、いつもよりも長い一口だったように思えた。

「そうか」

いつものとおり素っ気ない返事。何で、私こんな奴好きになったんだろ。
そもそも私の好きだったのはジーンだった。
何で、こんな素っ気なくて、自分の身体の管理さえしっかりしない奴なんか……。
饒舌だし、私には容赦なく言ってくるし。


「何か用があるなら、さっさと言え」


「べっつにー」


ぷいっとそっぽを向いて、でも横目ではナルの姿を追う。
やっぱり、何でこんな奴……。
冷たいようで優しいことは知ってる。
でも、態度がね。
なんて思いながら私はじっとナルを見ていた。



「第一、ナルが悪いんだから……」

口の中で呟いたつもりが、いつの間にか声となって出される。
「何が悪いんだ?」
ナルは自分をじっと見つめ、一つため息をついた。


「どうやら不満があるようですね、タニヤマサン」


「え?いや、べっつにー」
あ、聞こえたのかと思い、口を閉じるも、ナルはますますご機嫌斜めのようで。
どことなくぴりぴりとした緊張感が漂った。
この緊張感、あまり好きじゃない。
「いつもならこうしろああしろと言うくせに、こう言うときだけは大人しいんだな」
「そう言うわけじゃないけど」
「そう言う風にしか聞こえませんが?」
やっぱり冷ややかな目で私を見て。
だったら、何で。
何で、あの時ああいう態度とったのよ。
この間だけじゃない。
幾度だってあった、その度に自分の気持ちが振り回されてる。
なのに、ナルは平然として。
私だけ一人で空回り。
そんなの、ずるいよ。
思わせぶりな態度なんて取らないでよ。
じゃなきゃ、私、辛いじゃないか。


「何よ、ナルが悪いんじゃない」


私は搾り出すようにして、声を出した。
「だから、どうしてそういう答えになるんだ?」
「だって…じゃあ、ナルは私のことどう思ってるわけ?」
「おっしゃってることの意味がわかりませんが?」
容赦なく冷たい言葉で跳ね返す。


「どう思ってないなら優しくしないでよ、勘違いするような行動しないでよっっ!!」


ヘタに優しいと、私どうしていいかわかんないよ。
かあっと血が逆流するように、顔が赤くなっていく。
わかってる、わかってるんだ。
こんなの八つ当たりだって。
自分がどうしていいのかわかんないからただ、ナルにあたってるだけなんだって。
「それをどう取ろうが、麻衣の勝手だろ」


「わかってる!でも、どうしようもないじゃない。ナルのこと好きになっちゃったんだから!!」


あ……。
言っちゃった。
はっとして口を右手で覆うと、私はナルに背を背けた。
とてもじゃないけど、今の自分は見られたくない。
ふっと力が抜けたかのように、私はその場に座り込んだ。
膝ががくがくして、左手に持っているトレーをぎゅっと握り締める。
真っ赤な顔をして、目には涙をためて。
何でこうなっちゃうの。
本当はちゃんと告白しようと思ってたのに。
また売り言葉に買い言葉で。
私も甘えてるんだ。
いつの間にかナルに甘えてた。
その笑顔が見たくて。
その温もりが欲しくて。
どうしようもない時だって、ある。
そんなときに優しくされたら、私は――――。


「麻衣」


私は答えず、俯いたまま黙り込んだ。


「麻衣」


後ろにいたはずのナルが私の前に姿を表した。
影が私を覆う。


「来ないで…今の、私、ぶさいくだから」

「そんなの知ってる」

すぱっと切り捨てるように言い放つ。
何よ、乙女心くらい理解しなさいよ。
そう言うときは思ってても言わないもんでしょ。
でも、ナルらしいなって思う。
ここで変に飾った言葉なんて言ったら、それこそナルなんかじゃない。

そっとナルの手が私の頭を撫でた。
なん……で……。

「何よ、何でも知ってるような言い方しないでよ」

「顔に出てるから、わかる」

私の顔を覗き込むなりそう言って。


「悪かったな」


そう言ったんだ。


「だから、優しくなんかしないでってば」

なんとも思ってないんでしょ?
そう言いかけて、不意に自分の身体が前方へと引き寄せられた。
一瞬頭が真っ白になり、何が起こってるのかさえ理解できない。


「すまない」


そう一言だけ言って、私を抱きとめた。
私はナルに寄りかかるようにして顔をナルの胸に埋める。
ぎゅっとナルのシャツを握り締め、ずるいと一言だけ言葉を漏らした。


しばらくこの状態でいた後、私は顔を上げ、ナルを見つめる。
薄暗い部屋の中で、小さな灯りだけが灯っていた。


「……私、ナルのことが好き」

「知ってる」

「バカ」

「バカにバカと呼ばれる筋合いはない」


またナルに身体を預けた。女は苦手じゃないの?小さく呟くと。

「麻衣は平気だ」

と素っ気ない返事を返してきた。
それでも、その言葉がすごく嬉しくて。
このまま私は傍にいていいのだと理解する。
ナルは欲しい言葉は言ってくれないけれど。
でも、態度で示してくれるから。
変に言葉は飾らず、本音を言ってくれるから。



ナルのことが好き。



素直にそう言えてよかったなと思う。
ナルのことだから、この先ずっとそうなんだろうけど。
だけど、ナルは優しいから。
素っ気ない態度でも、それが精一杯の優しさだって私は知ってるから。
ナルに身体を預けたまま、私は微笑む。
それを見て、一瞬だけナルが笑ったように見えたのは、多分、こんな状況だからなのだと私は思った。
星が輝く夜、時計の針はもう10時を回ろうとしていた――――。






後日。
二人の変化にすぐ気づいたのは、安原とリンで。
それに気づいた理由は、ナルと麻衣のカップが色違いのお揃いになっていたことと。
いつもなら5分程度で所長室を出てくるはずの麻衣がいつもの倍以上遅く出てくることに気づいたためだと。
数ヶ月後に教えられたのは、多分麻衣がナルのマンションへと引っ越したのと同時だったと思う。






END
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